[2006年08月24日]

田中先生の語録

宮木高志 46年

 先生が亡くなられて一週間が経ちました。 夏休みの旅行を計画していたのですが、急報を聞いて、取るものもとりあえずご葬儀に駆けつけました。 私も先生に初めてお会いしたのが18歳のはずなので40年を超えるご指導とお付き合いをいただいたのですから、当然のことです。 誰もが、今在る自分を顧みる時、自分の性分なり性格なり、思想信条なり、思考順路なり、はたまた口癖などに至るまで誰かの影響を受けて自分が形作られていることに気付くはずです。親であったり、小学生の頃の担任の先生だったり、親身に面倒を見てくれた下宿のおばちゃんだったり、先輩だったり。 その意味で田中先生は、私にとって大変大きなDNAを植えつけてくださった極くひと握りのお一人です。
 先生の告別式の後を榊原会長にお願いして、新潟への車を運転して来ましたが、様々な思いがよぎりました。 今、手をつけ始めた(やや大袈裟ですが)の�、私なりの「田中靖政語録」を抜き出してみよう
ということです。 「平凡パンチを毎週読んでみるといいよ」 とか 「日本の外交はジェスチャーが下手だから結果的に相手にされない」 とか・・・ それぞれに意味があるのですが、当然、今に通じる言葉ばかりです。多分、これらの言葉は先生の著作物などには書かれていない、まさに会話の中の語録だと思います。先生のご不幸をきっかけにするのは申し訳ないとは思いますが、ある意味ではご供養の気持ちを僅かでも表せるかなとも考えます。
 少しまとまったら、このサイトに書きこむことにします。
 深秋会の皆さんも、年代や話題こそ違え、「田中先生にこんなことを言われたことを今も覚えている」とか、「あの事件があった時、先生はこんなことを言われていたのを覚えている」という語録が一つや二つはあるでしょう。 もちろん先生のコメントを自分がどう解釈したか、同調したか反論したかは問題ではありません。 先生の語録として、皆でこのサイトに投稿しあえるといいと思うのですがね。それを集めて
印刷物に纏めようなんて大それたことは考えていません。自分の中の田中先生を思い出してみようというだけです。
 私も来年の6月には60歳になります。齢をとると昔日の思いにふける時間が少しづつ増えていくものです。                                                   以上

投稿者 m-staff : 2006年08月24日 15:27

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