[2008年04月24日]

いづかたの水行く途中春の暮

永田耕衣(1900~98)

春の暮が春の季語。
いずかた(何方)は、どちらの方向・方面のことです。春の暮に、どちらに行くにしてもまだその途中の水が流れてゆくよ、と詠っています。これは人生にも譬(たと)えられます
春の暮は、時候的には春の夕暮れをいいます。作者はぼんやりと小川を眺めていて不意に言葉が生まれたようです。同じ作者に次の句あります
酒倉を杜氏と歩く春の暮   耕衣
播州の酒造所の風景をよく現していますね。「春の暮」の季語にぴったり合っています。
作者ながた・こういの紹介は、2005年2月25日を参照。
(出典:「新歳時記」河出文庫、1989年刊)
・札幌の小学校のときの友人が1月に亡くなっていたとの連絡を受けました。笑顔の素敵な気持ちの優しい男でした。合掌。

投稿者 m-staff : 2008年04月24日 05:42

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