[2010年09月05日]

幸いなるかなくるすが下の赤のまま

山本健吉(1907~88)

赤のままが秋の季語。犬蓼の花、赤まんま、赤のまんまも同意の季語です。
このところ富士山がぼんやりと見えるようになりました。このようなところにも、ちょっぴり秋の気配が感じられます。
赤のままは、道端や野原のいたるところで見かけることが出来ます。小粒の花を赤飯に見立ててのままごと遊びを思い出します。
昔から役に立たない植物の名にイヌを使う事が多く、犬蓼もその一つで、赤のままという名前で親しまれています。
この句は、「くるすが下」が眼目ですね。長崎生れの作者の故郷はクリスチャンの多い町。どこにでもある、誰にでも親しまれている赤のままの幸せを祈っているように思います。
作者やまもと・けんきちは、長崎市の生れ、本名石橋貞吉、父は評論家の石橋忍月。大学で折口信夫に学び、その文学活動は古典から現代にまで広くわたっています。著書には「私小説作家論」「芭蕉」「詩の自覚の歴史」など多数に上ります。
妻は俳人石橋秀野。中村草田男、石田波郷、加藤楸邨などの「人間探求派」を応援し、世に送り出しました。
(出典:角川春樹編「合本現代俳句歳時記」、2004年刊)
・イチローは200本まであと26本。去年の今日はあと9本でした。

投稿者 m-staff : 2010年09月05日 09:18

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