[2013年05月03日]

山門を出れば日本ぞ茶摘みうた

田上菊舎(1753~1826)

茶摘みが春の季語。
茶の芽は4月中旬から摘み始め、八十八夜から2から3週間の間が最も盛りになります。最初の15日間が一番茶、以下二番茶、三番茶、四番茶まで摘みます。茶摘女の姿は、宇治では赤たすき、赤前垂れに紅白染め分けの手拭いをかぶり、赤ひもで茶摘かごを首にかけ、茶摘歌を歌いながら摘みます。
さて、茶摘畑のある浜松市天竜区春野町杉の地すべりは、相変わらず大規模な崩壊が続いていて、多くの所帯が避難を続けています。この地域は、日本列島の中央を東西に走る中央構造線があり、地盤の弱いところです。
この句の前書きには、「又或年宇治の異なる黄檗山にて」とあります。異国風の黄檗山の山内から出て、折からの茶摘歌を聞き、ああ日本だなあと嘆じています。黄檗山は、建物から食事まで中国風で京都市宇治に隠元が建立し、黄檗宗を広めました。
今日は、憲法記念日。平和憲法を改悪することは反対です。
作者たがみ・きくしゃは、本名、道。山口県長府藩士の娘。結婚しましたが、24歳で寡婦になり、実家に戻り、28歳で剃髪、奥州や九州の旅に出て俳句を吟じました。詩・書・画・茶道・琴曲をものにし、女流として多彩な人生を送りました。
(出典:「日本古典文学大系。近世俳句俳文集」岩波書店、1969年刊)
・良い天気で富士山が綺麗に見えます。4連休の始まり、千葉から長男一家が泊まりに来ます。

投稿者 m-staff : 2013年05月03日 10:33

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