[2013年07月27日]

端居してただ居る父の恐ろしき

高野素十(1893~1976)

端居(はしい)が夏の季語。夕端居も同意の季語です。
端居とは、家の端、すなわち縁側や廊下にいることです。夕方になって太陽が西に傾いて昼の猛暑がしだいに退き、涼風が立ち始めると暑さに茹(う)だっていた人が生き返った気持ちになり、ぐったりしていた草木も生き返ります。夕方の涼しさにひぐらしも鳴き始めます。わたしの住んでいるマンションには縁側がありませんので、ベランダに椅子を出して涼んでいます。
この句は、家の縁側にただじっとしている父の後姿に恐ろしさを感じています。怒っている父ではなく、ただそこに居るというだけで父に感じる恐ろしさ、それは人間の存在そのものへの畏怖の気持ちでしょうか。
作者たかの・すじゅう紹介は、2005年2月23日を参照。
(出典:平井照敏編「新歳時記」河出文庫、1989年刊)
・高校野球の監督は、野球が好きな人は誰でもやってみたい仕事。私も町内の少年野球の監督をやったことがありますが、しびれましたね。

投稿者 m-staff : 2013年07月27日 09:05

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