[2013年09月07日]

にせものときまりし壺の夜長かな

木下夕爾(1914~65)

夜長が秋の季語。長き夜、長夜、夜永も同意の季語です。
俳句では、冬は短日で、春になると日永、夏は短夜で、秋は夜長。日の長さで季節の変化を表します。冬至が1年で一番に夜が長いはずなのに、夜長が秋の季語になっています。これは日の長さの変化で、季節の変わり目を実感するからで、つるべ落としの秋の暮で日が短くなったことを実感します。
この句は、長いこと手元でいつくしんでいた壺が、鑑定の結果、にせものと決まってしまいました。そうではないかと思っていても、いざそうなると心が騒ぎます。その傍らで、秋の夜長をいつもよりも強く感じています。美術品の骨董に、多少とも関心のある方には、身につまされれる句でしょうね。
この句は、1982(昭和57)年刊行の句集「木下夕爾全句集」に所収されています。
今日は、白露。
作者きのした・ゆうじ紹介は、2005年6月23日を参照。
(出典:大岡 信著「第九 折々のうた」岩波新書、1991年刊)
・2020年の五輪は、東京になればなったで面白い程度の関心ですね。予想屋は東京といっているようですがどうなることでしょう。

投稿者 m-staff : 2013年09月07日 09:37

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