[2014年12月15日]

枯山を話の接穂なく眺め

廣瀬直人

枯山(かれやま)が冬の季語。冬の山、雪山、雪嶺、冬山路、冬山家、冬嶺なども同意の季語です。
冬の山の一般的なイメージは、花や木の実はほとんど無くて、鳥や獣の活動がほとんど見られない淋しくて静かな世界を言うのでしょうね。
この句の「枯山」は、草も木も枯れ果てた、蕭条とした風景を言い、「山枯れる」とも言います。
「雪山」「雪嶺」は、雪に覆われた姿で、富士山のように雪に覆われた姿は毎日見ていますが、神々しく感じます。
この句では、「話の接穂(つぎほ)なく」とありますから、途切れた話をつなぐきっかけもなく、と読めますね。ただぼんやりと枯れた山を見ていました、となります。ただそれだけのことですが、枯山に様々な思いが浮かんできますね。
作者ひろせ・なおとの紹介は、2011年11月12日を参照。
(出典:蝸牛社編集部編「新季寄せ」、蝸牛社、1995年刊)
・自・公大勝。予測通り。泣くな海江田、明日がある。もう10年以上前にお会いしたことがあり、その時の手の暖かさが印象的でした。日常の活動がまったく見えない民主党。出直しは何度やってもいいですよ。

投稿者 m-staff : 2014年12月15日 09:11

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