[2015年02月08日]

世を恋うて人を恐るる余寒かな

村上鬼城(1865〜1938)

余寒が春の季語。残る寒さも同意の季語です。
立春を過ぎてもまだ残っている寒さのことで、「春寒し」や「冴返る」などとほとんど変わらない季節感を表す季語ですね。しかしながら、「春寒し」には春に思いがおかれ、「冴返る」には春をひとたび、ふたたびと体感してのちの寒さであるのに対して、「余寒」は寒が明けても寒さが残っているという、寒さの方に思いが傾いた感じを表す季語です。
「余寒」は漢詩からとられたもので、杜甫の詩句に「澗道(かんどう)の余寒氷雪に歴(へ)たり」と詠まれています。この余寒の厳しさ、緩やかさによって桜の開花時期が大きく左右されますね。
この句は、作者の心象風景を「余寒」という季語で表したもので、世の中への同化を望んでいても人間関係のわずらわしさにへきへきしている様子がうかがわれますね。
今日は、関東では針供養です。
作者むらかみ・きじょうの紹介は、2005年2月2日を参照。
(出典:「日本大歳時記」、講談社、1981年刊)
・いつもの散歩道で毎年楽しんでいる梅が咲きはじめました。白梅です。まだちらほらという感じですが、これがもうすぐ本格的に咲きはじめます。毎日これが楽しみでその道を通ります。

投稿者 m-staff : 2015年02月08日 09:57

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