[2015年08月22日]

胴伸びるときの無想や秋の猫

橋 閒石(1903〜92)

秋が秋の季語。白秋、金秋、素秋、三秋、九秋なども同意の季語です。
暦の本によると、秋の語源は、秋空が「あきらか」(清明)である様子、草木が「あか」(紅)に染まるころ、「あかり」(黄熟)の約、「収穫」が「あきみちる」(飽き満ちる)などから来ていると言われています。
この句のように、秋の猫は、身体の胴を伸ばすときに、まるで「無想」のようだと詠っています。猫が嫌いの私としても、作者はよく対象物を見ているものだと感心することしきりです。これが「夏」などの他の季節では決してこのようにとらえることは出来ませんね。秋には、他の季節にない哀れさを感じますね。
作者はし・かんせきの紹介は、2005年5月4日を参照。
(出典:多田道太郎著「おひるね歳時記」、筑摩書房、1993年刊)
・大阪寝屋川の中学生殺人事件は、加害者は勿論のこと、被害者側にも様々な問題を含んでいます。中学生が二人で深夜に徘徊していれば碌なことはありませんね。同じ年頃の孫を持っている身としては他人事ではありません。

投稿者 m-staff : 2015年08月22日 09:14

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