[2016年11月01日]

捨案山子両手ひろげて生きてをり

河野南畦(1913~95)

捨案山子(すてかがし)が秋の季語。案山子も同意の季語です。
案山子は稲の取入れが終わると、たいていは用済みとなって捨てられますね。けれども神の依代(よりしろ)ということで田から庭に移して祭る地方もあるそうです。
依代とは、神霊が招き寄せられて乗り移るものです。そのような神事を言わないまで、すべてが実利主義である世の中に疑問を呈しているのがこの句ですね。弱者の側に視点を当てれば今まで見えないものが見えてきます。
用済みなった案山子が見るも無残に、田んぼの上に投げ捨てられているのは、晩秋という季節と重なってさらに哀れを感じさせますね。信州へ旅行をしたときに来たことがあります。
作者こうの・なんけいの紹介は、2005年7月21日を参照。
(出典:村上 護著「今朝の一句」、講談社、1995年刊)
・韓国の朴大統領政権の行く末は予断を許さいない状況です。それにしても韓国の皆さんは、熱くなるのも早く、冷めるのも早いですね。米国ではヒラリーのメール問題で、選挙はどうなることでしょうか。

投稿者 m-staff : 2016年11月01日 10:03

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