[2019年04月10日]

春暁や一点燈の大伽藍

阿波野青畝(1899~1992)

春暁(しゅんぎょう)が春の季語。春の暁、春の曙、春の夜明け、春の朝なども同意の季語です。
暁は、夜が明けかかってはいるがまだ暗いころで、あれこれと物が見分けられず、かすかに夜が明けてゆきます。
この句で「大伽藍」といえば、奈良の東大寺を連想しますね。作者は朝の目覚めの早いままに、旅館を出て、あたりを散歩しています。人気なく、物音もなく、清浄の空気を散策しています。伽藍には、ただ一つ、夜を守る灯が残されています。それもいつか広がる暁の光りの中に薄れてゆきます。季語と「大伽藍」が緊密に組み合って効果を上げていますね。
作者あわの・せいほの紹介は、2005年4月21日を参照。
(出典:「日本大歳時記」、講談社、1981年刊)
・昨日、ヤンキースの田中将大投手は、勝ち投手の権利を持って降板しましたが、そのあとの投手が打たれて、これで2試合勝ち負けなし。ヤンキースは中継ぎ投手の出来が悪いので苦戦が続きます。田中投手の出来がいいだけに残念。腐らずに我慢しかありません。

投稿者 m-staff : 2019年04月10日 10:01

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://yasumasa.jp/nmt/mt-tb.cgi/6796